Tel:0569-21-1730 浄土真宗 真宗大谷派 坂田山 順正寺
愛知県半田市堀崎町1丁目58番地

空   2017/10/01

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 仏教の中心、根本の教えを顕した言葉。
歴代の祖師たちはこの言葉に立ち返り、そしてこの言葉を目指した。
日本の仏教に於いても、般若心経の中で 「色即是空 空即是色」と親しまれてきた言葉。
それが指し示すところは海のように深く、空よりも高い。

 「空」。
からっぽ、とも読む。むなしい、とも読む。 また、そらとも読む。
いつの時代も多くの誤解とともに語られてきた。
親鸞はあえてそれを使わず、 「有の邪見・無の邪見を破す。」といった。

 数日前、「雪舟の水墨画が発見された」というニュースを見た。 東洋の絵は実にユニークだ。 このような絵を西洋の人に見せると不思議に思うに違いない。色が数色それも薄い色で、さらさらっと。そして色が塗られていない場所ばかりである。さらにその絵が大変価値のあると言うではないか。 西洋では絵画は、キャンバスの隅から隅へ一面絵の具を塗り重ねて完成させる。何も塗らないキャンバスの色が見えていることはない。

 東洋の水墨画は、そんな常識に一切とらわれない。 たとえば川の様子を描くにしても、川辺の岩、側にたなびく紅葉、水しぶきなどを書き添える。 それ以外の必要でないものはあえて描かない。 それでも、見る人は、そこに描かれていない雄大な河の流れに思いをはせる。

空


 ある意味、この感覚を「空」という。
そこに有るでもない。無いでもない。 置かれた状況、環境によって物事が生起する。 日本の先人たちは、このことをよく理解していたのだろう。 縁によって物事は生起し、縁によって物事は消えていく。 それが本当にそこに有ったのではなく。ご縁によってそのような形をとっていたのだ。

それを人は、有るということに執着し、無くなったということに執着する。
せっかく命をいただいておきながら、欲をむさぼり損得の勘定ばかりに命の時間を費やしている。 本当の幸せ、自分と世界の平安のために大切なその時間を使おうとしない。

親鸞が言う 「有の邪見・無の邪見を破す。」
とはつまり、有って良し、無くて良しという世界だ。

 日本には美しい言葉がある。
「おかげさまで、」
それは、私ひとりが頑張って成し遂げたわけではありません。
いろいろなご縁に育まれたからこそなのです、と。
 
順正寺 住職 

六角堂ステンドグラス

ステンドグラス

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