Tel:0569-21-1730 浄土真宗 真宗大谷派 坂田山 順正寺
愛知県半田市堀崎町1丁目58番地

2017/04 嘘

事実を照らし合わせていくと、誰かが嘘をついている。しかしその誰かがわからない。
政治家か、官僚か、それとも証言をした本人なのか。 日本中こんな空気が漂い続けている。
 嘘をつく人は、隠さなければならない何かを抱えている。または、人を貶めてやりたいと。 いろいろな思いが渦巻いている。
嘘をつかれた人は、だまされたと腹を立てる。
 仏教は全く違う視点で、そのすべてを見る。
嘘をつくという行為は、自分自身を蝕んでいく。 人を欺く以上に自分を欺いていく。 自分のこころを濁し、魂を濁し、 生きる生気を失っていく。 それはあまりにも手軽に出来てしまう故、嘘は習慣になり無意識の行いと心に浸透していく。 その人の瞳には生気が消えていく。
 自ら汗を流し喜ぶ人は欺くことをしない。 その必要が無い。自分自身の井戸から水をくみ、生きる活力としているからだ。 嘘をつく人は、自分の井戸から水をくもうとしない。 自分は汗をかかずに、人の井戸から水をくみ楽をしようと考える。 しかしそれは所詮人のもの、自分の井戸はいつまでたっても活力を生み出さない。涸れ井戸になるのを待つだけだ。  小さな嘘が次の嘘を呼び込む。 いつしか大きな嘘になり、形となって自分に戻ってくる。
 仏教が説く「宿業/しゅくごう」とは、 いつか自分にすべてが返ってくるということ。 それは人のせいでもない、運が悪い訳でもない。 ただ、目先の利益しか見えなくて、自分が何をしているのか知らないのだ。  このことに気づくことが出来れば、誰一人そのような愚かなことはしない。
 釈尊は、言う。
 「正しい言葉を語りなさい。」(八正道)
 無明の闇の中に生きる人たちへの慈しみの言葉だ。

六角堂ステンドグラス

ステンドグラス

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