Tel:0569-21-1730 浄土真宗 真宗大谷派 坂田山 順正寺
愛知県半田市堀崎町1丁目58番地

2017/02 生まれ変わり 死に変わる法話タイトル

ある人たちは、人生は一回限り。
 この命が終わってしまえばすべてはそこで終わり。  今、生きているこの時がすべて、と考える。
 またある人たちは、人は生まれ変わり死に変わると考える。
 いくつもの生を巡りながら、いろいろな立場や状況のなかで自分や他者の命を経験していく。  そして成長していくのだと考える。  昔から日本やインドなどの仏教国では、人は生まれ変わり死に変わると考えられている。

 日本には、
 「袖すり合うのも 多生の縁」
 ということわざがある。
 そして人々は、何となくでもその意味を感じ取る。  袖すり合うほどの何気ない出会いであっても、  昔(他の生)何かのご縁があった人に違いない。  だから大切にしなければならない、と言う意味だろう。  心を戒めるとても美しい言葉だ。
 本当にそうなのかどうかということはさておき、このことは人の人格に大きな影響を及ぼす。  人生は一回限り。  この命が終わってしまえばすべてはそこで終わり。  と考える人たちは、今何を手に入れるかが最大の関心事だ。今楽しいことが重要なことだ。  なぜならば、人生は一度っきり。  その前も、その先もない。
 人は生まれ変わり死に変わる。  と考える人は、もう少し永い時間で考える。  生きる中で良い種を植えたならば、いつかそれは良い実を付けて自分に返ってくる。  悪い行いは、いつかそのまま自分に返ってくる。  身分の高いときもあれば、身分の低いときもある。  裕福な時もあれば、貧しいときもある。  それでも、人はこの命を生きていかねばならぬ。  ひとつ状況が変われば、自分の立場は、そのまま相手の立場になるからだ。  今はたまたま人から敬意を持って扱われていても、別の時には虐げられ見下されることもある。  どんな姿でこの世界を生きていようと、人としての慈しむ心は等しく持たねばならぬ。  この世界で命をいただくという事は、簡単な数式では解けない。
 生まれ変わり死に変わる間に、その両方を通り抜けて行かなければならない。  そう考えると人は、人に対するとき不誠実な振る舞いはしなくなる。
 人は生まれ変わり死に変わる。  という考え方は、私たちに知らず知らずのうちに、寛容さを育む。

 このお経の最後に読む偈は、広く宗派を越えて使われている。
願以此功徳 願わくばこの功徳を持って
平等施一切 平等に一切の生けるものに施し
同発菩提心 同じく菩提心を起こし
往生安楽国 かの安楽国に往生せんと
 大きく社会の姿が変化していく中で、  人として、このことを忘れぬようにしたいものだ。
順正寺 住職

六角堂ステンドグラス

ステンドグラス

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